保健室に入ったクライスは、私を椅子に座らせてその前に跪いた。それでやっと目線の高さが同じくらいになる。
 保健室には、他に誰もいなかった。

「それで、これまでいったいどこに行方をくらましていたのです?」

 めちゃくちゃ真剣な瞳が、納得するまで解放しないぞという決意に満ちていた。
 いや、聖女の魔力が漏れないように修行中は外との連絡断ってたけど、今はもう隠す気ないからね?

「常闇の森エーデルフィオルにいました!」
「なぜそのようなところに」
「製本師の修行のためだよ! 見てこれ!」

 あからさまに不審そうな顔をするクライスに、私はふところから取り出した生徒手帳を突きつける。その一ページ目には、魔法で写し取った私の似姿と名前、生年月日、そしてクラス名が書かれていた。

「付与魔術師科……特待生」

 私が指差したクラス名とその後ろにつく文字を、クライスは素直に読み上げる。

「そう! 修行の成果! ほめていいんだぞ!」
「なるほど。……よくがんばりましたね」

 クライスはふっと目元を和らげて、私の頭にふわっと手を置いた。でもすぐにその手は離れて行ってしまう。
 そして浮かべていた微笑は、痛みを堪えるような沈痛な面持ちに取って代わった。そんな顔をして跪いたまま恭しく頭を垂れるものだから、私はめちゃくちゃいたたまれない気持ちになる。

「我が君、貴方を守り切ることができず、申し訳ありませんでした」
「いやいやいやいやいやいや。そんなかしこまられても困りますが!? むしろ……クライスがいなかったら私も生きてない……し?」
「私は何もできませんでした」

 雰囲気が沈痛すぎてつらくなってきた。しかし助けられたのは私です! と主張したらクライスが魔王の生まれ変わりであることを話さなきゃならなくなってしまう。それはダメだ。ダメだダメだ。絶対に。そんなの聞いたらこの思い詰めやすい幼馴染みが絶対今以上に思い詰めてしまう。
 っていうか怒ってるの私にじゃなくて自分にだったか~! やだ~! 自責の念が強い元護衛とかヤダ~! どうしたらいいんだこの空気!

 内心全力でジタバタする私を置いて、クライスはさらに思い詰めた顔をしている。勘弁して欲しい。

「今度こそ、守り抜いてみせます」
「いや、私もう聖女じゃないんですが!? ただの庶民に護衛はいら、な……」

 言ってる途中でこれはヤバいと気付いて口をつぐむが、時既に遅しってやつだった。クライスが死にそうな顔になっている。というかだんだん俯いていくから前髪に隠れて顔が見えなくなりそうやめて。
 私はクライスの両肩に手を置いて、こっちを見ろというように顔を上げさせた。

「違うんだよ、私に必要なのは! 共に青春を謳歌してくれる友だち!」
「友だち……そうですか。私には友人がいないので、よくわかりませんが……」
「ひどい!」

 クライスの沈痛すぎて無駄に色っぽい表情に対抗して、私もせいいっぱいの沈痛な面持ちを作ってみせた。

「あんなに一緒にバカなことして遊んでたのに! 私の心をもてあそんだのね!」
「……は?」
「君は! 私の! 友だちでしょ!? むしろ親友では!? そう思ってたのは私だけ!?」

 心底意外なことを言われたというように見開かれていたクライスの目が、だんだんうさんくさそうなものを見るように細められていく。

「……七年も連絡を絶っておいて何を」
「それにはのっぴきならない理由があったんだよぉ! この七年クライスどころか師匠と魔物の顔しか見てないからね!? だから君が友だちじゃないって言うなら私の友だちはゼロよ!? ノーフレンズノーライフよ!?」

 古語をまぜてまくしたてる私に、クライスはますます訝しげな顔をする。
 いやでもだって本当にのっぴきならなかったのだ。

 聖女の魔力をなくしたはずの私は、万が一にも(残りかすみたいなものとはいえ)聖女の魔力を使って封印術の修行してるとことか誰にも見せられなかったし、結界の外に魔力を漏らすわけにもいかなかった。ちょっとでも漏らしたら感知した神殿の使者が飛んできてしまうし、下手するとクライスの正体までバレてしまう。

 その辺深く突っ込まれたくないんだよという気持ちをこめて、私はじっとクライスの瞳を覗き込んだ。
 クライスも私の真意をうかがうようにじっと見つめてくるものだから、なんだか根比べのようになってしまう。

「……わかりました」

 何らかの葛藤の後で、クライスは低くそうつぶやいて、私の手を肩から外させた。

「友人としてお側にいれば良いのですね」

 あ、これ絶対友人として側にいることで護衛の役目を果たそうとか考えてる顔だ。目のそらし方が納得してないけど折れてくれてるときのやつだ。
 う~ん……無理強いしたくはないけど隣で堂々とあからさまにこんな庶民の護衛をされるのも困るし、ひとまずはそれでもいいか。

 魔王の封印が解けたときすぐわかるように、側にいた方がいいのは私も一緒だ。なんかコレジャナイ感がすごいけど、ここでゴネたところでクライスの気持ちを変えることはたぶんできない。

「そういうこと。というわけで、よろしくね、クライス」
「ええ、よろしくお願いいたします。我が君」
「……友だちにその呼び方ぁ?」

 もう聖女じゃないっつってんだろうがこの石頭! 気持ちはどうにもならなくてもせめて外側くらい取り繕ってくれよ! という罵倒の気持ちをこめて睨み付けると、クライスはなんだかちょっと意地悪そうな笑みを浮かべた。

「以前は普通にそう呼んでいたでしょう」
「あれは聖女モードをオンしてたから耐えられてたんだよぉ! 今は無理! もうただの庶民だから!」
「ではなんと呼べば?」
「リアナで頼む。っていうか七年前だって二人の時はリアナって呼んでたじゃん」
「仕方がありませんね。『友だち』ですから」

 やけに強調された。
 問題ない……はずなんだけど、なんか嫌な予感がするな……?