殺風景な部屋に自分の荷物を置いて、その後は広間に置きっぱなしになっている荷物を片付けることになった。

 私と先輩たちが梱包を解いていき、クライスとウィリーが所定の場所に運んでいく。

 お昼近くなって眠そうな顔で現れたエミリオくんも、途中から作業に参加したけど、午前中だけじゃ作業は終わらなくて、私たちは荷物をどけてできた床に座って、購買から買ってきたサンドイッチをみんなで囲んでお昼ご飯にすることになった。

「うふふ、たまにはこういうのも楽しいわねぇ」

 パメラ先輩がどこからか用意してきた紅茶のポットを手に、にこにこと笑う。

「たまになら……たまにならね……」

 対照的に疲れ切った様子のリディア先輩。

「諸悪の根源はいつになったら現れるんですか?」

 来たときからずっと不機嫌そうなエミリオくんは、おなかが膨れてもやっぱり不機嫌そうだ。まだ眠気が取れないのだろうか。

「大きな荷物は移動が終わりましたので、食べ終えましたら私が探して参りましょう」

 にこやかにそう言ったのはもちろんクライスだ。
 浮遊の魔術で家具を動かしたり、浮かせるのが危ないくらい背が高い家具は床を凍らせて滑らせたり、単純に力仕事を引き受けたり、クライスは朝から一番働いている。

「来ても戦力になるんですかね」
「言い方はきついけどぉ……えっとぉ……」

 パメラ先輩がエミリオくんの発言をフォローしようとして諦めた気配を感じた。

「ご心配なく。オルティス殿下は少し世間知らずでひねくれたところはありますが、自分がしたことがどんな結果をもたらしたかわかれば、反省できないような方でもありませんよ」

 にこやかに様子を見ていたクライスが、最終的にきっちりとフォローを入れていく。

「反省した結果逃げだすことも多々ございますが」

 あ、フォローじゃなかった。

「今回もそのパターンかもしれませんね。ごちそうさまでした。探して参ります」

 クライスは手早くサンドイッチの容器を片付けて立ち上がる。

 クライスが出て行った瞬間、残された三人が示し合わせたように私を見た。勢いがこわい。
 マイペースにもくもくと生魚を呑み込んでいたウィリーだけが、変わらずマイペースに魚を呑み込み続けている。

「幼馴染みって、クライスウェルトくんだったの?」

 改めて、というように、リディア先輩が問いかけてくる。

「あっ、はい。そうです」
「びっくりしたわよねぇ。今朝いきなり本人から報告があって」
「心臓止まるかと思った……」
「出向の打診を受けているらしいという噂は聞いていたんですが、引き受ける可能性は低いと思っていました」

 それぞれ動揺しているらしい先輩二人と、なんでそんなこと知ってるんだかわからないエミリオくんに次々と言われて、私は苦笑した。

「相談したら向こうも迷ってたみたいで、一緒ならまあいいかってお互い思った……感じですかね」
「仲がいいのねぇ」
「ああ、でも助かった……クライスウェルトくんがいればなんとかなりそうな気がする。……先生戻ってこないけど」
「少なくともオルティス先輩のことはお任せできそうですね」
「うーん……頼ってばかりなのもどうかとは思うんだけど……」

 唸る私に、リディア先輩がはっと姿勢を正す。

「そ、そうですよね。クライスウェルトくんは巻き込まれただけだし、私たちがしっかりしないと」
「いや、それを言うなら事情を知った上で自分の意志で出向を引き受けたクライスウェルト先輩以上に、僕たちの方が巻き込まれたことになるのでは」
「うふふ、それに、あの子はたぶんアリアーナちゃんには頼ってほしいタイプだと思うわぁ」
「それはそれ、これはこれ! できることはやらないと! 私もなんとかオルティスくんの暴走を止められるようにがんばるから! ……実力行使以外で」

 好き勝手なことを言う二人にリディア先輩が詰め寄ったけれど、途中から勢いが落ちていく。真面目だ……。

「それでそれでぇ」

 真面目に決意するリディア先輩の横で、パメラ先輩はあんまり真面目じゃなさそうな感じで目を輝かせている。

「クライスウェルトくんが出向してくる気になったのって、やっぱりアリアーナちゃんのためなのかしら?」
「い……いやぁ、どうですかね……後押しにはなったっぽいですけど……」
「僕も興味ありますね。クライスウェルト先輩は誰とも親しく交わらないって聞いてたんですけど、アリアーナさんは例外ってことですか?」
「い、いやあ……どうかなー……」

 まあ今のところそう、としか言いようがないんだけど、肯定するのもどうかと思って視線を泳がせていると、タイミング良く裏口の向こうから「放せ! 僕は忙しい!」と誰かが叫ぶ声が聞こえてくる。

「来たわね……」

 リディア先輩のつぶやきが、いまだ黙々と生魚を呑み込んでいるウィリーくん以外の全員の心情を代弁していた。
 思ったより早かったな……?

「くそっ、何なんだ! どうしてお前が!」

 盛大に毒突きながら現れたのは、艶やかな黒髪に切れ長の黒い瞳が印象的な美青年――オルティス・ヴィル・エルグラントだ。

 なんだかクライスと対照的な人だな、というのがその第一印象だった。
 青みがかった銀髪のクライスと黒髪のオルティス先輩。穏やかに真意を見せない笑顔を浮かべているクライスと、全力で怒りを表に出しまくっているオルティス先輩。誰が評価してもだいたい「長身」と言われるだろうクライスと、平均よりはやや小柄なんじゃないかな、くらいのオルティス先輩。
 きっちり規定通り制服を着ている方と着崩して魔法具のアクセサリーをじゃらじゃらつけている方。どっちがどっちかは言うまでもない。

「……炎属性っぽい」
「炎属性ですよ」

 思わず漏れた感想に、エミリオくんが小声で答えを返してくれる。

「まずは予算書をご覧いただきましょう」

 逃げ道を塞ぐようにオルティス先輩と裏口の間に悠然と立っているクライスが言うと、リディア先輩がぱっと立ち上がって設置が終わっていたキャビネットから書類一式を素早く取り出してきた。

「オルティスくん! これをちゃんと見て」

 リディア先輩はせいいっぱいの怒りを込めて、その書類をオルティス先輩に突きつける。

「……なんだこれは」
「見方がわからないならご説明いたしましょうか?」
「断る! お前の助けなどいらん!」

 明らかに嫌みとわかるクライスの提案を一蹴して、オルティス先輩は予算書をひったくる。

「……教材費、旅費、施設運用費……すべて却下……?」
「却下されていないのは、あなたが申請したこの寮の改装費だけです! しかもマイナスになった予算は今年の研究室の収入から返済しないといけません!」

 真っ直ぐ射抜くような視線を向けるリディア先輩を、オルティス先輩は戸惑ったような瞳で見下ろした。

「なんでそんなことに」
「あなたの! せいです!」
「……え」

 呆然と予算書を見下ろすオルティス先輩の後ろで、クライスがとてもとても魔王らしい笑みを浮かべる。

「王族の頼みは断れない。しかし改装に回せる予算もない。殿下が付与魔術を学ぶつもりがないことは明らかだったので、ならば比較的身分や立場が弱い者しかいないこの研究室から予算を取ってしまおう。そう判断した方がいらしたようですね」
「そんなことは……頼んでいない」
「しかし、現実としてそういう処置は行われてしまい、こういう結果になっているわけです」

 落ち着き払った口調で追い詰めていくクライスに、オルティス先輩はしばし震えていたけれど、我慢できないというように拳を握って振り向いた。

「僕が悪いって言うのか!?」
「王族の言葉にはそれだけの重みがあるということです」

 うーん。そろそろ潮時かな。
 悪役が板につきすぎているクライスに苦笑しながら、私は二人の間に割って入る。

「まあ、反省してるんだったらこれから一年間、オルティス先輩にも一緒に苦労を分かちあってもらうってことで良いんじゃないですか? 借金返済しつつ必要経費も確保するために、やらなきゃいけないことはいっぱいありますし」
「そうですね。さすがにここで逃げだすような方ではないでしょう」

 クライスが笑顔で威圧している。正面からその圧を受け取ったオルティス先輩は、若干青い顔をしながら「と、当然だ」とつぶやいた。