聖女の力を失ったのに元護衛騎士候補の幼馴染みが過保護を止めてくれない

第20話 恋する幼馴染みと恋を呪いだと思っている私

 寮に戻って解散したあと、私はクライスの部屋にお邪魔した。

「今日はなんかいろいろあったねえ」
「そうですね」

 ベッドの前に椅子を置いて、私は椅子に、クライスはベッドの端に腰掛けている。髪を乾かしてもらっているのだ。クライスはゆっくり櫛で私の髪を梳きながら、丁寧に乾かしてくれる。

 自分の髪はぜったいもっと雑に乾かしたんだろうなってところはちょっとかなり複雑だけど、手袋越しでもクライスの手の感触は心地良い。
 すごく大事にされてる、感じがする。

「クライスも疲れてるんじゃない?」
「私は大丈夫ですよ。問題ございません」
「いつもそう言う」

 ぐっと首を上に傾けて、クライスを見上げる。

「リアナ。作業が進みません」

 困ったように眉尻を下げるクライスの言葉を無視して、じっとその表情や顔色を観察した。

「んー……今日は大丈夫そうだけど。大丈夫じゃないときはちゃんと言ってよね」

 クライスは黙ったまま、困ったような笑みを深める。

「返事は~?」
「……わかりました。貴方のご負担にならない範囲で」
「言われない方が負担ですぅ。悲しくなるじゃん。そりゃ、頼りにはならないかもしれないけど」

 迷うように視線を逸らすクライスの目線を追いかける。
 こういう子どもっぽい言い方をするからいつまでたっても護るべき相手って扱いなんだろうな、とは、自分でも思っている。
 でも、今さら態度変えるのも、ねえ……?

「それはこちらの台詞です。私では頼りにならないですか?」
「むしろなりすぎてヤバい。ぜったい頼りすぎちゃってる」

 めちゃくちゃ真剣に答えたのに、クライスは本気だと思っていなさそうな苦笑を浮かべる。
 本気で言ってるのにな、とむくれながら前を向いて、小さくため息をついた。

「それにしてもさっきのパメラ先輩すごかったよね。……恋ってやっぱり青春なのかな」
「人によるかと」

 話題を変えたらクライスの声から感情が消えたので、思わずまた見上げてしまう。クライスは笑顔だ。感情を完全に見えなくしてしまう、いつものやつ。

「……やってみる? 私と」

 その表情を崩したくなって無茶を言うと、案の定クライスは怒ってるときの笑顔になった。

「そういうことは、ちゃんと恋に落ちてから仰ってください」

「えー……でもさ、恋ってアレでしょ? 一目見て落ちるってやつ。そんなの本当にあるのかなあ」

 本気で怒らせる前に姿勢を戻して、冗談も引っ込める。

「クライスは? 恋に落ちたことある?」

 背後で小さく息を呑む気配がした。驚いてる、のかな。珍しいし、なんで驚いてるのかもよくわからなくて、私は首をかしげる。

「……ございますよ」

 一瞬のためらいのあとで、でもクライスははっきりとそう答えた。
 それを聞いた瞬間、なんか胸のあたりが緊張したときみたいな変な感じになったけど、緊張する理由、全然ないんだよね。

 なんだかわからないのでとりあえず無視して、それよりまたクライスを見上げて気になった方に食いつく。

「えっ、いつ? どんな感じだったの?」
「秘密です」

 あ、これはぜったい教えてくれないときの笑顔だ。

「けち」

 ふくれてみせるけれど、クライスの鉄壁の笑顔は揺らがない。

「ていうか、いいの? 恋してるのに私の護衛なんかしてて」
「恋を叶えるつもりはありませんし、貴方の身の安全の方が大事です」
「そういうもの……?」
「そういうものです」

 ……なんか、思ってたのと違うな。

 本当にクライスは恋しているんだろうか? わからなくてもやもやする。

 だって恋って、落ちたら最後、結婚して幸せになるまで相手しか見えなくなる呪いみたいなやつだよね? 神殿で教わった神話とか物語とかに出てくるの、全部そうだったんだけど……。

「おかしいな……立場も身分も捨てちゃうアレじゃないのか……?」
「人によるかと思いますが……」

 思わず漏れた独り言に、クライスが静かに答える。

「ところでリアナ。嫌な予感がするのですが、この七年間で、神学の時間に習った以上の恋愛に関する知識は得ておりますか?」
「え」

 他になんかあるの?
 疑問を込めて見上げると、クライスは困惑と微笑ましいの間みたいな微妙な笑顔を浮かべていた。

「……わかりました」
「何が!?」
「パメラ様とリディア様に相談いたしましょう」
「なんで!?」

 いつの間にかすっかり乾いていた私の髪をさらりと肩に落として、クライスは微笑を少しだけ困惑の方にかたむけた。

「……私から申し上げることでもありませんが、一目で落ちてなりふり構わなくなるものだけが恋ではありませんよ」
「……そういうもの?」
「そういうものです」

 そしてクライスは、終わりましたよ、と、この時間の終わりを告げた。