私は起き上がると、まずはずっと同じ姿勢でいたせいで凝り固まった身体をほぐした。

「よし、やるぞ!」
「……ずいぶん気合いが入っていらっしゃいますね」

 なんか呆れられた気がしたけど、誰かに嗅ぎつけられないうちに封印してしまわないといけないから、のんびりツッコミを入れている場合じゃない。

「ほら、離れてないで、こっちこっち」

 いつの間にか触れられないくらい距離を取っていたクライスに手招きする。

「……普通、ですね」

 クライスはためらいがちに一歩近付いたものの、結局そこで動きを止めてしまって、そこで何だかよくわからないことを言い出す。

「普通って、何が?」

 問いかけると、クライスは何か痛みをこらえるみたいに、視線を逸らしてうつむいた。

「いえ……貴方が……怯えていたのではないのかと……」

 この歯切れの悪さ……やっぱりダメ出し!? い、いや、そうだよね……そりゃそうですよね……

「やっぱり……緊張感足りなかったよね」
「……え?」

 自分でも薄々そうかな、とは思っていたんだ。クライスにまでそう思われているとは予想外だったけど。

「なんかクライス来たら安心しちゃって……頼り過ぎちゃだめだってわかってるんだけど……」
「いや……頼られるのは、良いのですが……わかっていらっしゃいますよね?」
「わかって……って、何が?」

 クライスをじっと見つめるけど、目を合わせてくれない。

「私の正体が、魔王だということです」
「それは、うん……むしろクライスがいつから気付いてたのかって方が私は気になるけど」
「……記憶は封じておりましたので、いつから、と言えば、つい先ほどからですね」

 クライスの右手が、左腕に添えられる。まるで何かを拒絶するみたいに、あるいは自分を押しとどめようとしているみたいに。

「私が怖くはないのですか?」
「この話ついこないだもしなかったっけ」

 繰り返し聞いてくるってことは、それだけ不安、なんだろうな。魔王としての記憶がどんなものなのかわからないし、なんか聞いても教えてくれなさそうだけど。
 でも、クライスが不安なら、私は繰り返しこう答えるだけだ。

「こわくないよ。クライスのことは」

 私が手を伸ばすと、クライスはようやく手が届くところまで近づいてきてくれた。
 祭壇に座っていると、ちょうどクライスと目線の高さが合う。

「また記憶も封じるの?」
「いいえ。今ならば、受け止められると思いますので……あった方が、都合が良い。貴方を護るためには」

 まだ目を合わせてくれないクライスの頬に両手を当てて、こっちを向かせる。

「自分のこともちゃんと護ってよね」

 クライスが、目を閉じた。目を合わせたくなかったのか、ぜんぶ受け入れるって意味なのか、微妙な感じだけど。
 でも、私の封印はちゃんと受け入れてくれている。七年前よりもずっと簡単に、魔王の凶悪な魔力が封じられて、閉じていく。

 もう一度目を開けたとき、クライスの瞳は冷たく澄んだ湖みたいな青に戻っていた。

「調子悪いとかない?」

 八年前はこのタイミングでクライスが意識を失って、死んじゃったんじゃないかと呼吸を確かめるまですごく不安だったことを思い出して、まずそう問いかける。

「……少しクラクラしますが、これくらいなら」

 クライスはなんだかやたら覇気のない声で答えたと思ったら、身体を離そうとしてふらつく。

「いや、ダメじゃん」

 思わず支えようとして手を伸ばすと、クライスは私の肩に向かって倒れ込んできた。

「……駄目でした」
「そ、そうだね……」

 肩のとこに眼鏡が当たってる気がするけど大丈夫かな。

「貴方は大丈夫なのですか?」
「ああ、うん。思ったほどじゃない……ような? なんか……あれ?」

 聞かれて自分の魔力を確かめて、首を傾げる。

「半分くらい戻ってきてる……?」

 八年前は魔王を封印するのに聖女の力をほとんど使い果たしてたはずなんだけど、今回はなぜか半分くらい残っている。

「お互い制御が上手くなったからでしょう。しかし……それでは貴方が今も聖女であることを誤魔化すのは難しいですね」
「……うっ、それがあったな……」

 参った。どうやって誤魔化そう。ぐるぐる考えていると、入り口の方から何やらバタバタと足音が聞こえてきた。

 なんだろうと思ってそちらに視線を向けると同時に、扉が乱暴に開け放たれてオルティス先輩が飛び込んできた。

「ここか!? ……って、え……?」

 ちょっと距離はあるけど、クライスの肩越しにバッチリ目が合った。オルティス先輩の目が見開かれて、なぜかみるみる頬が赤くなっていく。

「こ、こんなところで何を……は、破廉恥な!」

 どういう意味だよ。

 素でイラッとしてしまった。クライスも同じだったらしく深く深くため息をつく。

「ままままま魔物がいないならいい! じゃ、邪魔したな!」

 魔物……ああ、その気配を追いかけてきたのか。いやしかし、いるんだけど。
 私はおとなしくなったままのハチワレ子猫に視線を向ける。子猫は私の視線に気付くと、フンッと不機嫌そうに横を向いた。

 そうしている間に、オルティス先輩はさっきの行動を巻き戻すみたいに乱暴に扉を閉めて走り去ってしまう。

「ええと」
「申し訳ありません。もう少しだけ、このままで」

 盛大に誤解していった先輩を追いかけた方がいいのかと思ったけど、クライスはまだちょっとグロッキーみたいだ。なんだかすがりつくみたいに、私の背中に両腕を回してきた。

「貴方が無事で、よかった」

 泣きそうな声に、どうしてか胸の奥がぎゅっとなる。

「……ごめんね。心配かけて」

 そっと頭を撫でると、クライスはゆるゆると首を横に振った。