「僕のはただの趣味ですよ」

 エミリオくんは軽く肩をすくめて、それで話は終わりと言いたげな顔をする。

「趣味……?」

 さすがにこれは私もわからなくて、思わず首をかしげた。

「なんでもそうなんですけど、身の回りで起こっていることを知らずにいるのってなんか気持ちが悪いんですよね。だからまあ、いろいろ……事前に調べられることは調べるようにしてるってだけです」

 だから大した情報を持っているわけではないです、と、エミリオくんは続ける。

「なるほど。ちなみにエミリオ様、エルグラント第一王子の浮気についてご存知ですか?」

 まあ本人がそう言うなら、と思っていたら、クライスが全然なるほどとか思ってなさそうな質問をし始めた。

「ああ、そういう噂はあるけどガセですね。確かに秘密裏に会っている女性はいますが、隠していらっしゃるのは相手の女性に迷惑をかけないためです。あまり騒ぎ立てないで差し上げるのがよろしいかと。ちなみにその方の正体は」
「そこまでご存知なら充分でしょう」

 ……この子、今、クライスが止めなかったら正体までぶっちゃけてましたよね……?
 ちょっと背筋が寒くなってきた。エミリオくんだけは敵に回さないようにしよう。

「まあ何にせよ、神殿の干渉がなくてもアリアーナさんを守るくらいの実力はあると思うの。クライスウェルトくんには悪いんだけど、少なくとも私は神殿の干渉を受けたくないのよ」

 リディア先輩がそうまとめて、パメラ先輩もエミリオくんもうんうんとうなずく。

「わたしもあんまりぃ……コンラートくんとは関わり合いになりたくないのよねぇ」
「えっ、パメラ先輩、知り合いなんですか?」

 この言いぶりはそうだよね……? 尋ねた私に、パメラ先輩はいつになく困り切った笑顔でうなずいた。

「う~ん、会ったのはさっきが初めてなんだけどぉ……わたしの婚約者の名前、コンラート・アル・インテンツィアっていうのよ~。さすがに二人もいないと思うのよねぇ」
「間違いなく本人ですね」

 残念ながら、侯爵位のアルをかぶせたインテンツィア家は一つだけだし、インテンツィア家のコンラートも一人だけだ。

「やっぱりそうよねぇ。噂には聞いてたんだけどぉ……」

 パメラ先輩は憂い顔で深く深くため息をつく。

「わたし、結婚したくないのよ~。そろそろ放校になっちゃうからそうも言ってられないんだけどぉ」
「気持ちはわかります」
「私も……」

 女三人で理解を深め合っているのを、クライスとエミリオくんはいつも通りに眺め、オルティス先輩だけが心底不思議そうに首をかしげた。

「結婚は女の幸せじゃないのか?」
「幸せっていうか、そうしないと生きる道がないというか」
「少なくとも貴族に生まれたらそうなっちゃうのよねぇ。家とか全部捨てて生きていける手段があればいいんだけどぉ」
「私が結婚しなかったら、うちの領地、隣の伯爵領に吸収されてしまうし」

 だから剣を捨てて魔法学園に入ったのだと、リディア先輩は憂鬱そうに続ける。

「そんな……そんなの世界の損失だろう!?」

 オルティス先輩は目を見開いてリディア先輩に詰め寄った。この勢い、なんか見たことあるな……。

「せ、世界?」

 対するリディア先輩は、何がなんだかわからない様子で目を白黒させている。

「その剣の腕を封印するなんて……なぜそんなことをする必要がある!?」
「……そうしないと、結婚できないから」

 血を吐くような雰囲気で言われて、さすがのオルティス先輩もかけるべき言葉を見失ったらしく、「でも」とか「しかし」とか言いよどむ。

「……結婚、したくないんじゃないのか?」
「気は進まないけど、探さなきゃいけないの。使用人も雇えないような貧乏男爵家に婿入りして、領民に親切にしてくれる理想の旦那様を」
「き、厳しいですね……」

 当てはまる人を紹介できたらいいんだけど、私が知ってる貴族の知り合いって言ったら――

 そこまで考えて、クライスなら当てはまるんじゃないかと気付いてしまう。
 侯爵家と男爵家じゃ身分が違いすぎるけど、クライスは養子だから身分が下の扱いをされることが多いし、何より性格的にそういうのを気にするタイプじゃない。

 わかっているのに、喉がつかえてクライスの名前が出せない。

 な、なんだこの……何?
 喉どころか胸の奥までなんかぎゅっとなるような変な感じがして、私は思わずクライスを見てしまった。

 目が合うと、クライスは私の思考を読んだみたいに苦笑して首を横に振る。
 あり得ない、と言われているようで、なぜかほっとする。

 いやでもそうか、クライス、恋してるんだっけ。選べるなら好きな人と結婚したいよね。

 ……納得したはずなのに、なぜかまだ呼吸がしづらいというか、もやもやが晴れない。どうしちゃったんだ私――

「結婚相手はともかく、弟子になら僕がなるぞ」

 私の出口のない思考は、オルティス先輩の爆弾発言によって真っ白に吹き飛ばされた。