結局、そのまま自室につくまで降ろしてもらえなかった。
 部屋まで運んでもらうの、ちょっと恥ずかしかったんだけど、ベッドに降ろされたところでこれは確かに歩けなかったな、と気付く。

「ご気分はいかがですか?」

 ベッド脇に跪いたクライスに、視線だけを向けた。いつもの本心を隠すための微笑じゃなくて、本気で心配している顔をしている。その真剣な瞳と目が合って、思わず目を逸らしてしまった。

「……悪くはない、けど、なんか力が入らないみたい」
「そうですね……やはり、むりやり祝福を……力を奪われたせいでしょう」
「むりやり……?」

 問い返すと、クライスは迷うように目を伏せてしまう。

「言いにくいこと?」
「いえ……」

 否定はするけど、やっぱり言いづらそうだ。どうしよう……重ねて聞いてもいいんだろうか。でもさすがに自分のことだから気にはなる。

 迷っているうちにクライスの方が先に迷いを振り切ったようで、決然と顔を上げた。

「神殿は隠しておりますが、元より聖女の魔力は人々を熱狂させ、使い手の意志に反して惹きつけてしまう性質がございます。ある意味では、魔物を惹きつける魔王の力と同質のものなのです」

 押し殺した声で告げられた事実はもちろん驚くような内容だったんだけど、なぜか驚きよりも先に「やっぱり」という感覚が襲ってくる。

 そして、クライスが魔王の力と同じだと言ってくれたことに、不謹慎だけどちょっと安堵してしまう自分もいる。

「それって、クライスは……神殿で教わったわけじゃなくて、魔王だから知ってる、んだよね?」
「はい。神殿では、とにかく聖女の命を守れと、それしか教わりませんから」
「……もしかして、クライスも同じような目にあったことが」

 質問を終える前に、クライスが手を伸ばして私の目を塞いでしまう。

「ちょっとぉ!」
「少し眠って回復した方がよろしいかと」
「まだ聞きたいことが……」

 ある、のに、視界が暗くなっただけで簡単に眠りに落ちてしまいそうになる。

「ねえ、なんで……クライスは私を守ってくれるの……?」

 なんとか最後の力を振り絞って吐き出した疑問に、クライスが小さく息を呑む気配がした。

「……友人だから、では、いけませんか」

 最後に聞こえたクライスの声は、なんだかとても苦しそうだった。

 でもさ、クライス、私のこと、本当に対等な友だちだって思ってないよね?
 私が友だちでいたいって言ってるから、今はしぶしぶ合わせてくれてるけど。

 本当は、他に何かがあるんじゃないの? 何か、求めているものが。
 あるならそれを知りたい。
 私がクライスのためにできることがあるなら、なんだってしたいのに。

 やっぱり頼りないのかなあ。
 どうしたら本当のこと、教えてもらえるんだろう。

 そんなことをぐるぐる考えながら、私は眠りの淵に落ちていった。

 目を覚ました私は、なぜか小脇に子猫を抱えていた。
 もちろん、ハチワレの靴下にゃんこ、つまりニーメアだ。

「ニーメア……? なんでここに?」
「我が主に命じられたから以外に理由があるとでも!?」

 ハチワレ子猫はそれはそれは不機嫌そうに私の腕の中からもぞもぞ脱出してしっぽを膨らませた。

「風紀委員の方の後処理をしてくるから、不在のあいだ貴方のことを見ておくようにと命じられたのです。抱き枕代わりはサービスです!」
「サービス……?」

 子猫はフンッと鼻を鳴らしながらそっぽを向く。

「主から託されたにもかかわらず、側にいながら貴方を守り切れなかったのはわたくしの責任です。抱き枕にされる屈辱くらい甘受いたします……身も心も守れというご命令ですから」
「……もしかしてクライスに怒られた?」
「怒られたに決まっているでしょう! これを止められないようでは貴方をリアナにつけておく意味はない。同じ失敗は許容できません、と……それはそれは冷たい表情で……ッ」

 ニーメアは耳をぺたんと寝かせ、しっぽを自分の身体に巻き付け、目を見開いて恐怖をアピールした。

「わたくしたちも我が主の力の前にはマタタビを与えられたに等しい反応をしてしまいますが、人間たちはそれに輪をかけて自制心がない! 本当に野蛮です! なぜ我が主は今もあんな奴らに混じって生きようなどとなさっているのか……!」

 耳を寝かせたまま自分のしっぽをおいかけてぐるぐる回り始めたニーメアを眺めながら、私はため息をつく。

「反論したいとこだけど、確かにさっきのは怖かったな……」
「そうでしょう! 貴方も我が主にあれほど求められているのですから、さっさと人間などやめてしまえばよろしいのです」
「う~ん、クライスが求めてるのはそれじゃない気がするんだよなあ……」

 私が人間をやめればいいと思ってるなら、七年前もこないだニーメアにさらわれたときも、助けてくれる理由がないんだよね。

 特に七年前なんて、それこそ魔王として聖女の力を奪おうとか私を魔物にしてしまおうとか思ってるなら、簡単にその通りにできてしまったはずだ。
 でも実際には、魔王の力を封じてくれなんて頼んできたわけで。

「……まあ、我が主の許可なく貴方をどうこうすることはできません。人間の野蛮さも改めて理解しましたし、次はきっちり守って差し上げますわ」
「うん、ありがとう」

 いろいろと言いたいことはあるけど、魔物だからしょうがない部分はぜんぶすっ飛ばしてお礼を言いながら顎の下をくすぐってあげると、ニーメアはめちゃくちゃ不本意そうにごろごろと喉を鳴らした。