「やはり聖女をたぶらかしていたな、下賤の血め」
「何言ってるの、この人」

 吐き捨てるように言われた台詞がカチンときすぎて、猫をかぶるのを忘れてしまった。

「貴様も貴様だ。聖女であるにもかかわらず、男を部屋に連れ込むなど節操のなさに反吐が出る」

 今度はこちらへ向けられた侮蔑に、クライスが私をかばうように一歩前へ出る。

「私への侮辱はさておき、我が君への暴言は看過できません。今すぐ取り消していただきましょう」
「きっ、貴族の血も引かぬ者が私に命令するな!」

 クライスの怒りをまともに受けて怯んだことで、さらに怒りの炎に油が注がれてしまったらしい。コンラートはほとんど剣を抜きそうな雰囲気でクライスを睨み付ける。

「貴様はまだ知らされていないだろうから教えてやろう。お前を保護していたシルヴェスティア卿が昨晩お亡くなりになった。下賤の血がシルヴェスティアの威光を借りて好き勝手するのもこれまでだ」

 コンラートは勝ち誇ったように懐から何か書状を取り出した。

「貴様が聖女に重ねてきた不埒な行い、この私が神殿長に報告しておいてやったぞ。その成果として、貴様は今日、神殿に呼び戻される。二度と聖女と顔を合わせられると思わないことだ」
「ちょっと待って! あなたこそ何勝手なこと……!」
「かばえば貴様の立場が悪くなるだけだぞ、半端者」

 立場とか全部かなぐりすててぶん殴りたくなったけど、クライスはこちらへ振り向いて首を横に振る。
 ここは抑えて、と言いたいんだろうけど、今キレずにいつキレればいいんだ。

「だいたい貴様らは昔からおかしかったのだ。家族でもあるまいに愛称で呼び合うなど不埒極まりない! 大方聖女の力を失わせたのも貴様なのだろう、クライスウェルト」

 朗々と罵倒を続けるコンラートの声に、さすがに寮にいたほかのみんなも気付いて集まって来はじめた。

「己の欲望で神殿に害を与えるその所業、この私が裁いてくれる!」
「アリアーナちゃんが聖女の力を失ったの、七年も前でしょう? それはさすがに言いがかりじゃないかしらぁ」

 真っ先にツッコミを入れてくれたのは、パメラ先輩だった。しかしどういう意味だろう。年齢、関係ある……?

「貴様は私の婚約者だろう。口答えは許さん」
「あらあら」

 パメラ先輩は気付いてたんだこの人、という目で小首を傾げる。その背後ではエミリオくんとリディア先輩が、今にも殴りかかりそうなオルティス先輩を押さえている。
 コンラートはその辺りの騒ぎにはまったく興味がない様子で、再びクライスに向き直った。

「ともかく、貴様は日暮れまでに神殿に出頭せよ。違えるようなことがあれば神への反逆者として処されると心得よ。確かに伝えたからな!」

 コンラートが意気揚々と引き上げていったあとで、私たちは共用スペースに集まり、クライスを囲んでいた。

「クライスウェルトくん、本当に大丈夫なの? 帰った途端にひどい目に遭わされたりしない?」
「敵地に赴くわけではございませんよ」

 心配そうなリディア先輩に、クライスは苦笑しながら答える。
 でも魔王としては完全に敵地なので、この場合はリディア先輩の方が正しい。

 そして――シルヴェスティア卿が、亡くなった、という、コンラートの言葉。

 それが本当だとしたら、魔王じゃないクライスにとっても、今の神殿は敵地のはずだ。

 心配するみんなの輪にも入りきれないまま、私はぎゅっと両のこぶしを握りしめていた。

 シルヴェスティア卿はクライスの義理のお父さん。クライスがすごい魔力を持っているからと、年が近い私の護衛につけるために引き取った人だ。

 結局断ったんだけど、聖女の力を失ったとき、クライスの命の恩人(ということになっている)私を引き取ってもいいとも言ってくれていた。

 もちろん名家を束ねる当主なんだから、いろんな行動の向こうに下心というか、親切心だけじゃないいろいろな理由や本音があったのは間違いない。

 それでもあの人はクライスを邪険にしなかったし、ちゃんと(もちろん本当の息子であるイライアスさんとは差をつけてたけど)教育もしてくれていた。

 真面目で厳格で融通が利かないけど人間味がない人では、たぶんない、というのが私の印象で――七年前はお元気だったのに……。

「でも、ご当主様が亡くなられたなんて……ご実家も混乱しているのではないのかしらぁ」
「シルヴェスティア卿が病に伏せているという噂は数年前から流れていましたが……準備する時間があったとはいえ、やはり大変なんじゃないですか?」

 パメラ先輩とエミリオくんも心配している。

 シルヴェスティア卿がご病気だったなんて、私、全然知らなかった。
 知ってたら何かしてた、という話でもないんだけど、なんだかショックが大きくて呆然としてしまう。

「よくわからないが、アリアーナと二度と会えないとはさすがにあのクソ野郎のハッタリなんだろ? 戻ってくるよな?」

 オルティス先輩が王子にあるまじき語彙でクライスに迫っているけれど、クライスはやはり苦笑してみんなから距離を取った。

「何はともあれ、私のことは心配なさらないでください。私一人のことであればなんとでもなります。特にリアナ、貴方も微妙な立場ではあるのです。どうか無茶はなさいませんよう」

 答えになってないし、なんで私のことばっかりなのよ。
 さっきの話だって、邪魔が入ったせいで途中だったのに。まるで――まるで、何もなかったみたいに……なんで。

 クライスの立場では今はそうするしかないし、みんなに余計な心配をかけないためにもそうとしか言えないんだってことはわかる。

 でもどうしても、心が納得してくれない。聞き分けよくうなずいて見送るなんて、私にはできない。

「無茶なんて……」

 握りしめていた拳が勝手にふるえる。身体も心も、思い通りにならない。こんなことが言いたいんじゃないのに、止められない。

「無茶なんて、するに決まってるでしょ! クライスの馬鹿!!!!!」

 ヤバい泣く、と思って、私は思わず自室に逃げ込んだ。

 こんなふうになんでもできる幼馴染みのことを罵倒するのは、生まれて初めてのことだった。