「巨大な家ね」
グローリアがアンドレアの家に抱いた感想はそんなものだった。
「てゆーか邸だろ?」
アルバートは半眼で突っ込みを入れる。
「どうして金持ちってこう無駄に巨大な家に住みたがるのかしら」
グローリアは断固として〈家〉という言葉を撤回しないつもりのようだ。
「自分の家の中で迷うなんて冗談じゃないと思うんだけど」
「そんなのお前だけだって」
アルバートは投げやりに呟いた。
「そんなこと無いわ。お父様も家の中で迷ってたって話だもの。だから今は二階建てで庭も小さいの」
「……遺伝だったのか……」
「ま、それはともかく」
ぼそりと呟くアルバートから目をそらして、グローリアはやはり巨大な門扉を見上げる。
「とりあえず、最初は正攻法で」
そして全く臆すること無く門番に声をかける。
「すみません。アンドレア様にお取次ぎ願いたいのですが」
顎ひげにも白髪の混じるほどの年齢の門番は、不審そうにグローリアを眺めた。
「紹介状か何かはお持ちですかな」
「いいえ。でも知り合いですから。青い髪と瞳のグローリアという者と言えばわかるはず」
門番はますますいぶかしげな表情になる。
「まあ、聞くだけは聞いてきましょう」
「……頭ごなしな人じゃないなんて、なかなかシャルレーン家も礼儀正しい門番を使っているわね」
門番が立ち去ったのを見届けて、グローリアは呟いた。
「そうか? この国って王宮もそうだけどな。自分で判断できないときはちゃんと報告するように訓練受けるぞ」
「そうなの?」
「ああ。門番経験者が言うんだから、間違い無し」
グローリアが納得したとき、門番が戻ってきた。
「お入りください」
グローリアとアルバートは、シャルレーン邸に招じ入れられた。
案内されたアンドレアの部屋は広かった。
「久し振りだな、グローリア」
どこか気障な口調の青年は、漆黒の髪をかきあげ、同じ色の瞳でグローリアを見た。
「何の用があってわざわざ足を運んでくださったのかな?」
癇に障るような調子でえらそうに椅子を指し示す。
「ちょっとお願いがあって」
グローリアはそんなことは全く気にせずに、示された椅子に腰掛けた。
「お願い?」
グローリアの向かいに高く足を組んで腰掛けて、アンドレアは聞き返す。
「そう。来る春の金貨の月、運命の輪の日、ブルーエア劇場大ホールにおいてファティマのお別れ会を盛大に行うの。ついては、主役が来なくては話にならないので、貴方の方からファティマのお母様に話を通していただけたら、と言うお願い」
「なるほど」
アンドレアは薄く余裕の笑みを浮かべた。
「しかし、わからないな」
「何が?」
冷静に問うグローリアに、アンドレアは尊大な様子で顎を上げる。
「何故私が自分のライバルの益になるようなことをせねばならないのかがね。仮面の怪人の噂は私も聞いている」
グローリアはわずかに目を細めた。
「断ると言うのなら他の手段を探すわ。判断は貴方のプライドに任せる」
「私のプライド……ね」
グローリアは髪をかきあげたアンドレアの表情が一瞬曇ったことに気づく。
「まあ、いいだろう。頼んでみよう。ただし、私も一緒に行くことが条件。君が何をたくらんでいるかは知らんがね。それでも良いかな?」
「貴方がそれでいいのなら、私はかまわないわ」
アンドレアは薄く微笑を浮かべた。
「話はそれだけだな」
グローリアが頷くと、アンドレアは手元のベルを鳴らす。
「このお嬢さんを外へ案内してあげてくれ」
数秒で現れた執事にアンドレアは命じた。
「彼女にはこの邸は広すぎるだろう。迷わないように気をつけてやってくれ」
「かしこまりました」
グローリアとアルバートは外に連れ出された。
「……なんか……芝居がかった人だったなぁ」
グローリアが見上げると、アルバートは不機嫌そうに眉をしかめていた。
「ほとんど芝居だったから、当然の感想ね。アル、あの人のこと、どう思った?」
「あんまり良い印象は……」
「そう。まあ、あの調子ではそうでしょうね」
グローリアは歩きながら考え込んだ。前会ったときと見かけの印象がだいぶ違う気がする。でもむしろ感情の方は。
「あのひと、リーリアが貴族だって知ってたんだろ?」
アルバートの言葉に一気に現実に引き戻される。
「そうだけど、何故貴方がそれを知っているの? 貴族だと言った覚えはないんだけど」
「だって悪魔の狩人って言ったらラウ・ガールドで、ガールド家っつったら有名な公爵家だろ。だったらお前公爵令嬢じゃねぇか」
「なるほど」
グローリアはうなずいた。
「さすがにエレゼアでは知れ渡っているわけね。銀月の町の人はほとんど知らなかったんだけど」
「ふぅん」
それきりなんだか気まずい沈黙が流れる。二人は黙々と劇場へ向かって歩いた。
「リーリア、着いたぜ」
しばらくして、アルバートが言った。
「……え? ……おや、いつの間に」
「……お前、歩いてる最中に考え事に集中するから迷うんだと思うぞ」
二人はしばし無言で見つめ合った。
「私が貴族でもあんまり気にしないでね。所詮二階建て四部屋住まいだから」
グローリアは淡々とした口調で沈黙を破る。
「しねぇよ。お前が気にしてないことを俺が気にしてどうすんだ?」
「……ありがとう。助かるわ」
グローリアがつぶやいたとき、劇場の敷地内から騒々しい足音が近づいてきて通用門が開いた。
「リーリアぁっ!」
ペナンはまたしても声とともに現れた。
「ついこないだ見たような光景ね、ペナン。どうかしたの」
「どうかしたから来たのよぉっ! 聞いてよちょっと衣装係のダレだっけ」
「マハティラ」
グローリアは冷静に答える。ペナンが人の名前を忘れるのは結構日常茶飯事だった。
「そうマハティラ。奴が熱出しちゃってちょっと衣装が間に合わなくなりそうなんだけどもー。………………。」
ペナンとグローリアは一瞬動きを止めて互いの意思を確認しあった。そして同時にアルバートの方へ顔を向ける。
「……何だよ」
アルバートは怯えたように後ずさった。
「何でも聞くところによると裁縫は騎士様のたしなみらしいじゃない?」
ペナンが言う。
「と、言うわけで」
グローリアも淡々とうなずく。
「アルバートさん、大丈夫、期日まであと一週間もあるから」
「騎士団の協力を仰げば、きっと何とかなると思うわ」
「今設計図持って来ますから、逃げたら呪いますよ!」
ペナンは言いたいだけ言って劇場へ戻っていった。
「おい、リーリア。オレは」
「大丈夫よ。初めて会ったとき貴方がマントを繕ってたのを見て私思ったもの」
グローリアはペナンが消えた通用門の方から視線を逸らさずにいつもよりわずかに高い声で淡々と告げる。
「……何て?」
アルバートは引きつった表情で訊ねた。
「私より数百倍手先が器用だと」
「……ところで」
アルバートは無意識に話を逸らそうとした。どうやらグローリアの手先の器用さのレベルを考えたくないらしい。
「設計図って言わないよな?」
「きっと型紙の間違いね。あ、戻ってきた」
ペナンは両手で大きな紙袋を抱えたまま、肩で門を押し開けて出てきた。
「えっと、こっちが城の兵士の分の衣装で、そっちの袋は村人達の分です。詳しいことは中の設計図に書いてあると思います。いやーでもこれで三分の一くらいなんですよね。予算が許す限りは仕立屋に頼んだんですけど。でもうちらほら貧乏だしね。それでもマハティラがコネあったからかなり格安で本当だったら私達の方で七割くらいは作んなきゃいけないとこだったんですけどー、ようやくこの量で」
際限なくしゃべり続けるペナンの声を聞き流しながら、アルバートは手伝ってくれそうな騎士達の顔を思い浮かべた。アレクをはじめとして十人くらいは巻き込まないと終わりそうにない。一応聖騎士団の仕事の方も暇をもてあますようなものではないわけだし。
「……リーリア、これ本当に全部やれって……?」
「ええ。貴方には悪いと思うけど。……そうね、お礼は私が出世したときフォアグラでもおごるわ」
アルバートは肩をすくめる。
「俺はフォアグラより踊るペンギン亭のスパゲティの方が良いな」
「あっ良いですよねあそこ。安くてうまい」
間髪入れずペナンが言う。
「じゃ、終わったらおごるわ。私もちょっと食べてみたいし。というわけで、アル、よろしくね」
「……善処する」
アルバートは低く答えると紙袋を抱え上げた。
「間に合わなかったら城の兵士の衣装は騎士団の方々に貸していただくわ」
そんなことをしたら減給ものである。アルバートは力なく肩を落とした。
それから一週間、ディルス王国王宮近衛隊詰め所では、毎夜毎夜十数人の騎士達によって大裁縫大会が繰り広げられた。毎晩ガタイの良い男達が一つの部屋に集まって、暗く重苦しい雰囲気の中で黙々と針を動かすという空恐ろしい事態に耐え切れなくなった詰め所付きの召使は、涙ながらに配属替えを訴えたという。単なる噂か真実なのかは定かではないが、どちらにしろ恐怖に値する光景であったろうことは想像に難くない。