謎のカルチャーショックを受けたまま昼休みが終わって、私はクライスと一緒に研究棟へ向かった。
 午後は授業がないので、ディータ先生の面接を受けることになっていたのだ。

 研究室に入ると、いろいろ差し押さえられて空っぽだった部屋は一夜にして素材で埋め尽くされ……。
 つまり、とてもカオスな状況になっていた。

 よく見るとちゃんとそれぞれ素材に合った保存の仕方で適切に管理はされているんだけど、それはそれとしてごちゃつき感が半端ない。

 引き出し式の棚に、棚が動かなくならない程度にぎっしりと詰め込まれた色とりどりの毛皮。別の棚にはなめしてある皮革が同じくぎっしり。

 小瓶に詰め込まれた各種の宝石や魔石、鱗、粉や丸薬、竜の血と思われる赤い液体。棚の奥に向けて置かれているモンスターの瞳は、たぶん目が合ったら石化したりする類のものだ。棚の上にもところ狭しと素材を入れた箱が山積みになっている。

 床には木材組んだ櫓が並んでいて、そこに様々なパターンで織られた布がかけられて視線を遮っているけど、部屋の奥にはまだまだたくさんの素材が詰め込まれているようだ。

 ……寮の共用スペースに積み上げられてたやつ、ここに置ききれなかった分だな。

 あんまり気付きたくないところを察してしまったけれど、それはそれとしてやっぱり触ってみたい素材がいっぱいあってそわそわする。

「ああ、来たか。じゃあ先にクライスウェルト、こっちに来るがいい。アリアーナ・フェリセットは好きなものを見ていていいぞ。なんなら使いたいやつを抜き出しておけ。あとで面接に使う」

 素材の隙間にできた細い通路からぬっと現れたディータ先生は、そう言ってクライスに手招きすると、また奥に引っ込んでしまった。

「では、お先に行って参ります」

 クライスはそう言いながら自分の肩に乗っていたニーメアの首根っこを雑につまみ上げて、私にそっと手渡してくる。その間ニーメアは悟りきったような表情をしていた。

 クライスが奥に入ってしまって、取り残された私たちはとりあえず周囲を見て回る。
 ニーメアには肩の上に乗ってもらった。クライスの肩より狭いし居心地も悪いとは思うんだけど、私も重くてしんどいのでお互い我慢するしかない……なんかほかに良い方法があるといいんだけど。

「人間って本当に野蛮ですこと」

 ニーメアはものすごいしかめ面で棚に詰め込まれた毛皮を見上げた。

「野蛮……って何なんだろうね……」

 野蛮の反対は文明的とか文化的とかそんな感じだと思うんだけど、ここに積み上げられている素材はそれこそ人間の文明や文化を支えるものだ。魔法だけじゃなくて、生活していく上で使うありとあらゆるもの――その多くが他の生命を犠牲にして成り立っていることは否定できない。

「まあ、わたくしたちも人間を食べてその魔力を使うわけですけれど」

 さっきのディータ先生の話を思い出して、私は思わず素材の山の前で考え込んでしまったのだった。

「どういう道筋を辿って私たちの手元まで届いたのか、さらに言えば『何を踏みにじって』手に入れたものなのか……か」

 そんな感じでいろいろ考えてはしまったけれど、ディータ先生に言われたとおり、使いたい素材は見ておくことにする。

 今一番気になるのは、やっぱりクライスが持っている魔道書だ。威力重視すぎるアレの特長を消さないように、どう制御性能を高めるか……。

 素材にもそれぞれ相性があるから、ただ制御力が強い素材を使えばいいというものでもない。
 相性が良さそうなの、どれだろうな……。

 クライスの魔道書に使われている青月の夜に脱皮した水竜の皮は、水属性だけじゃなくて心属性もなにげに高いんだけど、そのせいでちょっと素材として気難しいところがある。
 だいたいどの素材とでも相性が良いミスリルでさえ、かなり純度が高くないと拒絶反応が起こってしまうくらいだ。

 組み合わせるとすると、やっぱり青月の夜に採取した素材で、純度の高い水属性か心属性のやつだよね。そうすると月虹真珠とか、碧貝蝶の羽とか、氷ツグミの涙とか、そのあたりになるかなあ。

 そう見当を付けて、水属性や心属性が強そうな雰囲気の棚を見て回る。青く透きとおった皮が積み上げられた一角で、私はふと足を止めた。

 惹きつけられたのは、棚の上に山積みにされた箱の中のどれかだ。なんとなく「呼ばれた」ような感覚があった。

 私はその辺から脚立を引っ張ってきて、様々な付与魔術が干渉しないようにきれいに積み上げられた箱を慎重にどけていく。
 まるで隠してあるみたいに奥の方に置かれていた小箱をようやく取り出した頃、奥の部屋の扉が開いた。

「リアナ、次は貴方の番だそうですよ」

 奥から出てきたクライスは、脚立によじ登っている私には動じずに穏やかにそう伝えてくる。

「そちらは私が戻しておきますので、どうぞ奥へ」
「あ、うん。ありがと。でもこれ結構ややこしいよ?」
「そのようですね。大丈夫です、貴方がきれいに除けてくれていますから、それをなぞれば私でも戻すことができると思います」
「付与魔術専門じゃないのにそれがわかるのすごいよ……」

 クライスの万能っぷりにため息をつきながら、私は脚立を降りて、下で丸くなっていたニーメアを抱き上げてクライスに渡した。

「じゃあ、行ってくるね」

 脚立を降りて正面に立ったところで、クライスが少し疲れた様子だと気付いて、私は首をかしげる。
 ……面接、何を言われるんだろう。

 ちょっと聞きたくなったけど、聞くのも怖いし先生をあまり待たせるわけにもいかない。
 私は腹をくくって奥へ続く扉をくぐった。