「どうして知りたいと思ったのか、教えていただけますか」

 感情を押し殺した調子で、クライスが尋ねる。

 どう話せばいいか少し迷った後で、私は意を決してクライスを見上げた。

「さっきね、ヘレナ先輩が恋人と一緒にいるのを見たんだ」

 脈絡のない始め方になってしまったせいで、クライスが不思議そうにまばたきする。

「恋人ってどんなものなのか、私はよくわかってないけど、あの二人の雰囲気はいいなって思って。なんだろう……なんか、一緒にいてすごく安らいでるのがわかるっていうか……そんな感じがしてさ、私も……クライスとそうなりたいなって」

 話しているうちにどんどんクライスが無表情になっていって、それと比例してどんどん私は不安になっていく。

 でも、途中で止めることはできない。ちゃんと話して、クライスの話も聞くって決めたんだから。

「クライスはいつも、私と一緒にいてもどこか張り詰めた感じがするから……だから、私」
「では」

 何かにおびえるみたいに、クライスは強い口調で私の話を遮った。びっくりして口をつぐむと、クライスは一つ息を吐いて口調をやわらげた。

「では……恋人のように触れてみましょうか。貴方が嫌でなければ、ですが」

 ここで嫌って言ったら、もう二度とこれ以上クライスに近づくチャンスはないんだ。

 直感的にそう思う。
 だから私は、クライスを真っ直ぐ見上げたままうなずいた。

「うん、いいよ」
「嫌だと思ったらすぐにお逃げください。よろしいですね」

 そんなに念押ししなくてもいいのに、と思ったけれど、クライスがそっと私の頬に触れたから、何も言えなくなる。
 クライスはそのままゆっくりと、こちらへ身をかがめてくる。

 青い瞳の奥に、揺れる炎、みたいな不思議な気配を感じて、そのうつくしさから目を離せなくなる。
 耳元でどくどくと鼓動の音がする。

 クライスに触れられるのは「いつものこと」のはずなのに、恋人みたいにってだけで、すごくすごく緊張してる。

 まるで私が逃げるのを待っているみたいに長い長い時間をかけて、唇が触れた。

 その瞬間、泣きたいくらい懐かしい感じがしてすごく安心したのに、次の瞬間、何か冷たくてどろどろしたものが心に流れ込んでくる。

 ――いや――
 ――もう誰にも触れられたくない……
 ――私にさわらないで。
 ――私に……さわらないで!

 流れ込んでくる言葉と感情が強くて、だめだと思ったのに身体が勝手に硬直する。
 その一瞬で、クライスはぱっと身体を離してしまった。

「……申し訳ありません。やはり……私は、貴方には触れられない」

 今聞こえた声が何なのかとか、流れ込んできたこわいものが何なのかとか、そんなことよりもクライスが離れていってしまうことの方がこわくて、私は必死でその袖を掴む。

「待って、待ってよ! 私、平気だから」

 とりあえず遠ざかる動きは止めてくれたけれど、クライスはこちらを見ようともしない。

「い、今のが何だか、クライスは知ってるの?」
「それは……」

 何か言いかけた言葉が途切れる。話したくないと、全身で拒絶されているみたいだった。
 でもここで逃がしたら、二度とクライスは捕まらないような気がする。

 私は指先が白くなるくらい、ぎゅっとクライスの袖を握り締める。

「教えて。お願いだから、一人で抱え込まないで」

 無言のまま眉根を寄せるクライスは、とても苦しそうだ。
 本当ならクライスに一瞬だってそんな表情をしてほしくない。一緒に楽しく青春を謳歌したい。それは本当だ。

 でも、ここで諦めてしまっても、きっとクライスは幸せになってはくれない。それがどうしてか痛いくらいわかってしまうから、私は諦められない。

「私の問題、なんだよね? 私が……何か変なことになってる理由を、クライスは知ってて……それで」

 袖を握り締めていた手に、そっと制止するように手を重ねられて、私は次に何を言おうとしていたのか忘れてしまった。

「……それは貴方の……いえ、歴代の聖女たちの記憶です」

 クライスはやんわりと、私の手を外していく。手袋越しのその感触が、なんだかとても悲しい。

「貴方はそれを思い出すべきではない。思い出して……ほしくない」
「でも、クライスは記憶、あるんでしょ……? 前世の……」

 クライスは思い出してほしくないって言うけど、思い出してしまったらこんなふうに拒絶されずにすむんだろうか。
 そんなことまで考えてしまって、自分が嫌になる。

「一人で……抱え込まないで」

 結局ばかみたいにさっきと同じ言葉を繰り返すことしかできない。

「先ほど少し触れただけでもわかったはずです。貴方の記憶は、貴方自身を苦しめるものだと」

 でも、言わなきゃわかってもらえないんだ。

「私はクライスと一緒にいられなくなる方が、苦しい」

 クライスは私の手を握ったまま、目を合わせようかどうしようか迷うように視線を揺らした。
 その唇が私の名を呼ぼうと動いた瞬間、すべてを断ち切る勢いで部屋の扉が開いた。

「やはりここにいたな、クライスウェルト……いや、馬の骨」

 傲然と言い放ったのは、コンラート・アル・インテンツィア――招かれざる客だった。
 わざわざ言い直すところがものすごく感じが悪い。私は心底イラッとしながら、招かれざる客をにらみつけた。