No.198, No.197, No.196, No.195, No.194, No.193, No.1927件]

#語彙トレ2026 01/18 - 伏流

 帰ってきたらあんたが恥ずかしくなるくらいカッコイイ英雄の歌を捧げてやるよ、と言ったゲイリーに、男は微かに笑って肩をすくめた。その笑みの底に伏流していた感情は、今思えば「諦め」だったのかもしれない。
「ついでに歴代の英雄が歪みを根本的に解決する方法を探し続けていることも歌っておいてください。多くの方に歪みの研究を手がけていただけるように」
「なんだそりゃ。助けを求める英雄様なんてあんまり格好良くならない気がするけどなあ」
「実際、そういうものですよ。一人が成し遂げられることなど、せいぜい時間稼ぎでしかないのです。私は戦うことしか能がありませんから」

創作

#語彙トレ2026 01/17 - 蠱惑

「見ろ! この蠱惑的なラインを! 最高だと思わないか!?」
 新作の銃を受け取りに行ったユリウスを迎えたのは、ちょっと近寄り難いくらい興奮しているダミアンだった。
「この機能美は鍛え上げられた身体にも通じるものだ。つまり君も充分美しいぞ」
 さすがにこの変態トークに長く付き合うのは御免被りたい。手っ取り早く我に返ってもらう方法はないだろうか。少し考えたユリウスは、身を乗り出してゆっくりとダミアンの顔を覗き込み、よそ行きの笑顔を浮かべた。
「それ、僕も蠱惑的だってことですか?」
 ダミアンが一瞬で真顔になる。
「どこで覚えてきたんだそんなの」

創作

#語彙トレ2026 01/16 - 氷解

「失敗した……っ」
 たまり場の前を通りかかったところでアナベラの悲痛な叫びが聞こえて、ユリウスは思わず足を止めた。
「どうかしたんですか、アナベラさん」
 たまり場のソファでがっくりとうなだれているアナベラに声をかけると、彼女は無言で両手を挙げた。両手にはまったく同じ装丁の本が一冊ずつ。
 今日彼女は楽しみにしていた新刊本を買いに出かけた。そしてテーブルの上にはオンライン書店のロゴが入った段ボールが一つ。
 疑問が氷解したユリウスは、「一冊買い取りましょうか」と提案してみる。
「あなた、気を遣いすぎよ……」
「いえ、興味はあるので」

創作

#語彙トレ2026 01/15 - 残滓

 なぜ本気のだるまさんが転んだが始まってしまったのか、その場に居合わせたユリウスにもまったく理解の及ばないところだった。ダリアとセルゲイが酔っ払って喧嘩を始めたところで、まだ酔っていないはずのフレアが「勝負を決めるならだるまさんが転んだだー!」と叫んだのがきっかけだった気がするが、そんなことで良い大人が本気の勝負をこの形式で始めることなどあるだろうか? 到底信じられない成り行きなのだが、なぜかダミアン以外の全員がやる気だ。
 驚愕の残滓を拭いきれずに呆然としながらも、ユリウスは手を抜かず律儀に「こ」のところで動きを止めた。

創作

#語彙トレ2026 01/14 - 隠微

「私には前世の記憶があるのですよ」
 にこやかにあり得ないことを言い出した男の表情に滲む隠微な感情が何なのか、吟遊詩人として人を見る目があるつもりのゲイリーにも読み取ることができなかった。
 得体の知れない男だが、命の恩人だ。突然現れた歪みを実体化させ、本当に人間なのか疑いたくなる強さで倒してしまった。襟元についている記章は祈導教会の正神官のものだし、歪みを倒した後の第一声は「夕食を一緒にいかがですか」だったので、少なくとも野盗の類ではないだろう。
「それ、マジ?」
「ええ、本当です」
 何かを諦めたような微笑に、信じてみてもいいかなと少し思った。

創作

#語彙トレ2026 01/13 - 乖離
 たまり場に入ったユリウスは、ソファの上でとろけたチーズのように眠りこけているフレアに気付いて足を止めた。テーブルの上には中身が一つだけ減った高級そうなボンボンの箱。リーアの私物のはずだが、うっかり食べてしまったのだろう。アルコールを一口でも飲むと五秒で寝る体質なのに何をしているのか。
 ダミアンと並んで天才的な魔術師として名を馳せているフレアだが、現実の姿は噂に聞く優秀さとは乖離している。
 食べている途中で力尽きたせいで右手に握られたまま床まで溶け落ちているチョコレートを見て、ユリウスはため息をついた。見つけてしまったからには、片付けるしかない。

創作

#語彙トレ2026 01/12 - 揺曳

「ったく、恐ろしいスピードで成長しやがって。綺麗に負けちまったじゃねえか」
 訓練室の床に大の字になってぼやくアシュトンの声が遠い。戦いの余韻が、まだ全身に揺曳している。
「すみません。予定が狂いましたよね」
「狂いましたねえ。このままギリギリ勝ち越しで試練の怪物に挑んでそっちとの戦いの中で越えてもらうつもりだったのによ。もう負けるイメージねえだろ」
「……はい」
 試練の怪物が、挑戦者の最も恐れるものの姿をして現れることはわかっていた。
「怪物で出演する機会を逃しちまったなあ」
「……すみません」
 勝ち筋が見えて冷静さを失った自分の落ち度だ。

創作